2008年01月08日
最近見ないですが?
一体どうなさったんでしょうか?
山本 リンダ(やまもと リンダ、誕生日(自称):1951年3月4日 - / 1971年以前の記述における誕生日:1949年3月4日 - )は、福岡県小倉市(現・北九州市小倉区)生まれの女性タレント、歌手である。本名稲葉あつ子。実父は米軍兵士であったが朝鮮戦争で戦死した。
創価学会の会員としても知られている。かつては主要な広告塔となっていた。
4歳の時に横浜に引っ越し、1962年に雑誌『装苑』のモデルオーディションをきっかけに、人気モデルとしての活動を経て、1966年、15歳の時、ミノルフォンレコード(現・徳間ジャパンコミュニケーションズ)より遠藤実作曲のシングル「こまっちゃうナ」でデビュー。同曲が大ヒットとなりNHK紅白歌合戦出場。アイドルとして全国に知られるようになった。当時は舌っ足らずな口調を売りにした、いわゆる可愛い子ちゃん歌手だった。
デビュー曲が大ヒットした後、ヒットに恵まれなかったため、20代に入った1971年には毎日放送「仮面ライダー」のような子供番組にも出演していた。劇中に「困っちゃうナ」のセリフが出てくる。
1972年、キャニオンレコード(現・ポニーキャニオン)に移籍。当時の売れっ子作詞家、作曲家であった阿久悠・都倉俊一のコンビによる「どうにもとまらない」「狂わせたいの」「じんじんさせて」「狙いうち」「燃えつきそう」「きりきり舞い」「真赤な鞄」「闇夜にドッキリ」といった一連の作品により、セクシーな大人の歌手にイメージチェンジして大ヒット。再び歌手としてカムバックするようになった。おへそを出して歌う大胆な衣装、情熱的で激しいダンス、扇情的な歌詞の内容などが話題になり、「こまっちゃうナ」の頃を上回る人気を獲得。この年、日本レコード大賞作曲賞、日本歌謡大賞放送音楽賞、有線放送大賞夜の有線大賞を受賞、NHK紅白歌合戦出場。
1973年、「狙いうち」が大ヒット。この年、第10回ゴールデン・アロー賞グラフ賞、キャニオンレコードヒット賞を受賞、NHK紅白歌合戦出場。セクシーな激しい歌と踊りで人気を獲得した点で、後のピンク・レディーに先駆けていたと言える。「狙いうち」は今でも高校野球の応援歌の定番であり、中日ドラゴンズの応援(得点のチャンスを迎えた時)でも使われている。
(以上、ウィキペディアより引用)
元祖エロカワって言ってもいいんじゃないでしょうか!
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